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岡山県三木記念賞及び同助成金
岡山県三木記念賞及び同助成金
故岡山県知事三木行治氏は、昭和39年8月31日に日本人として初めて、アジアのノーベル賞といわれているマグサイサイ賞を受賞されましたが、この受賞は全県民の協力の賜物であるので、これを郷土の発展に役立てたいとの考えから、受賞金の全額を県に寄付されました。
県では、氏の私なき献身の精神と業績を末長く称え、遺志を引き継ぐため、この寄付金と県民からの浄財とによって40年に岡山県三木記念事業基金を設置しました。
その運用により、43年から公共奉仕の精神をもって地域社会の発展に貢献した者を顕彰し、又は助成する岡山県三木記念事業を実施することとしており、これまでに58回を数え、234人、153団体を顕彰しています。
なお、助成金については、推薦数の減少により、平成29年度から募集を休止しています。
県では、氏の私なき献身の精神と業績を末長く称え、遺志を引き継ぐため、この寄付金と県民からの浄財とによって40年に岡山県三木記念事業基金を設置しました。
その運用により、43年から公共奉仕の精神をもって地域社会の発展に貢献した者を顕彰し、又は助成する岡山県三木記念事業を実施することとしており、これまでに58回を数え、234人、153団体を顕彰しています。
なお、助成金については、推薦数の減少により、平成29年度から募集を休止しています。

岡山県三木記念事業基金運営審議会
故岡山県知事三木行治氏について
故岡山県知事三木行治氏は、昭和26年、知事に就任以来、日夜県民の幸せを願って私なき献身を続けられ、農業に依存していた岡山県を近代的な工業県に飛躍させ、住民福祉の向上に情熱を傾けられました。
故三木行治岡山県知事に関する紹介動画は以下リンク先から確認していただけます。(他のサイトに移動します。)
三木行治年譜及び岡山県政年表抜粋 (三木県知事在職期間)
三木行治年報
| 年月 | 出来事 |
|---|---|
| 明治36年 5月1日 | 岡山市に生まれる。 |
| 昭和 4年 | 岡山医科大学卒業 |
| 昭和 9年 3月 | 九州帝国大学法文学部卒業 |
| 昭和23年 7月 | 厚生省公衆衛生局長 |
| 昭和26年 2月 | 県知事選挙立候補のため厚生省を退職 |
| 昭和26年 5月1日 | 岡山県知事に当選 |
| 昭和30年 4月 | 岡山県知事に再選 |
| 昭和34年 4月 | 岡山県知事に三選 |
| 昭和38年 4月 | 岡山県知事に四選 |
| 昭和39年 8月31日 | ラモン・マグサイサイ賞を受賞 |
| 昭和39年 9月21日 | 逝去(61歳)。正三位勲二等瑞宝章を追贈される。 |
岡山県政年報(三木県知事在職期間)
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 昭和26年 | この年から県下の市町村合併がさかんに行われる。 |
| 昭和28年 | 水島が臨海工業地帯として、開発が始まる。 |
| 昭和29年 | 県営旭川ダムが完成し、発電が始まる。 |
| 昭和30年 | 人形峠のウラン鉱が発見される。 |
| 昭和31年 | 児島湾淡水湖の堤防締切り工事が完成する。 |
| 昭和35年 | 山陽線と宇野線が電化する。 |
| 昭和37年 | 第17回国民体育大会(夏季・秋季)が開催される。 |
| 昭和39年 | 岡山空港が開港する。 |
| 昭和39年 | 水島地区を中心とする岡山県南地区が新産業都市に指定される。 |
