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滝谷川<たきだにがわ>遺跡 久米郡美咲町
その3(令和8年1月23日更新)
調査は8か月目に入り、現場も新たな年を迎えました。厳しい寒さにも負けず、調査を続けています。
新たに弥生時代の竪穴住居(たてあなじゅうきょ)が1軒見つかり、これまでに確認した竪穴住居は合計で3軒となりました。新たに見つかった竪穴住居は円形で、南側半分が後世に削られていました。時期は他の2軒より古く、弥生時代中期(約2,100年前)と考えられます。
また、新たに飛鳥時代(約1,400年前)の竪穴状遺構(たてあなじょういこう)も確認しました。中からは、多数の須恵器(すえき)や土師器(はじき)のほか、鉄を加工する際生じた不純物である鉄滓(てっさい)も見つかっており、鉄の道具を作ったり、加工するなどの鍛冶作業を行っていた可能性があります。
12月17日には地元の方向けに現地説明会を開催しました。当日は天候も良くない中でしたが、多くの方に参加していただきました。
現地説明会資料はこちらから御覧いただけます(現地説明会資料ページにリンクします)。
新たに見つかった弥生時代の竪穴住居(南東から)
飛鳥時代の竪穴状遺構(南から)
現地説明会の様子
その2(令和7年10月24日更新)
調査が始まってから4か月が過ぎました。猛暑日が続いた夏が終わり、秋の涼しさを感じる日が少しずつ増えてきました。
これまでの調査で弥生時代後期の竪穴住居<たてあなじゅうきょ>2軒と多くの土坑などが見つかっています。また、調査地は元々谷と丘の境にあたる場所で、古くに土石流で埋まった谷の上に弥生時代後期の集落が営まれていたことが分かりました。谷を埋めた土石流の中からは縄文時代後期の土器片がわずかですが出土していて、谷は縄文時代後期以前に埋まったと考えられます。
弥生時代後期の竪穴住居の1軒からは、土器と共に鉄斧が出土しました。もう1軒の竪穴住居では炭化材や焼土を多く確認しており、火災にあった可能性が考えられますが、詳細については現在調査中です。
<写真>鉄斧が出土した竪穴住居(南東から)
<写真>炭化材や焼土を確認した竪穴住居(南から)
その1(令和7年7月25日更新)
一般国道374号(美作岡山道路)改築工事に伴い、6月から滝谷川遺跡の調査を始めました。滝谷川遺跡は久米郡美咲町飯岡<ゆうか>に位置し、月の輪古墳がある山の麓、吉井川と吉野川の合流点を見おろす緩やかな斜面地にあります。
調査開始から1か月半が過ぎ、弥生時代の竪穴住居<たてあなじゅうきょ>や江戸時代以降の井戸などが見つかっています。現在は、主に竪穴住居の調査を進めており、詳しく調べています。
梅雨明けが早く猛暑日が続きますが、日陰を作るなど暑さ対策を行い、熱中症に気を付けながら調査を進めています。

<写真>竪穴住居を調査している様子(東から)

<写真>調査地の様子(南から)


