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滝谷川<たきだにがわ>遺跡 久米郡美咲町

更新日:2026年9月18日更新

その3(令和8年9月18日更新)

 猛暑の続いた8月が終わり、ようやく気温も落ち着いてきました。

 その1(令和8年5月27日更新)で、ご紹介した大型の竪穴住居<たてあなじゅうきょ>では約40個もの柱穴が見つかりました。柱穴の数や床面の状況から、何度かの建て替えや拡張が行われたと考えられます。住居の床面には強い熱を受けて変色した部分が4か所あり、建物内で火を使った作業が行われたことが推測できます。

 一方、新たに調査に入った南端の調査区では多数の柱穴、土坑を検出しました。柱穴からは須恵器<すえき>や土師器<はじき>が出土し、古代以降の遺構と考えられます。
 それらの遺構の下層からは、調査地を南北に流れる流路と柱穴が見つかりました。遺物は少なく、時期の特定は困難ですが、土の堆積状況から上層で検出した柱穴や土坑より古い時期であることは明らかです。
 この流路は土石流によって短期間で埋没しています。令和7度(令和7年度のただいま発掘中へリンク)にも縄文時代後期以前の土石流を確認しており、調査地付近では古くからたびたび土石流が発生していたようです。

 外での作業がしやすい気温になり、現場も秋めいてきました。季節の移ろいを感じつつ、調査を進めていきます。

滝谷川遺跡_大型の竪穴住居の写真
​大型の竪穴住居(南西から)

滝谷川遺跡_熱を受けて変色した竪穴住居床面の写真
​熱を受けて変色した竪穴住居床面(北から)

滝谷川遺跡_流路全体の写真
​流路全体写真(北西から)

滝谷川遺跡_流路の調査風景
​流路調査風景(南東から)

その2(令和8年7月17日更新)

 今年度の調査が始まって3か月が過ぎました。梅雨空のもと着実に調査を進めてきました。

 前回ご紹介した竪穴住居の西側から、直径1メートル前後の大きめの土坑が15基も集中して見つかりました。このようなあり方の土坑群の多くは食料を貯蔵した貯蔵穴と考えられています。

 土坑群の中には、土器が含まれるものがあり、最も多くの土器が見つかった土坑(写真参照)の底部付近からは、煮炊きに使用された甕や食膳具として使われた高杯などの弥生土器をたくさん検出しました。これらの土器は、貯蔵穴が使われなくなったあとに、まとめて廃棄されたものと想定しています。この貯蔵穴群と竪穴住居群との関係ですが、出土する土器がともに弥生時代後期(約1,900~1,800年前)のものであることから、貯蔵穴群は住居を営んだ集団が使用したものと考えられます。こうした調査成果から、当時の集落像を具体的に紐解いていくことが可能となります。

 梅雨が明けて、夏本番となりました。暑さに負けないように調査員も日々奮闘してまいりますので、今後の調査成果にもご期待ください。

滝谷川遺跡_大量の弥生土器が見つかった土坑の写真
​大量の弥生土器が見つかった土坑(南西から)

滝谷川遺跡_弥生時代の貯蔵穴を調査している様子
​土坑の調査状況(北西から)

その1(令和8年5月27日更新)

 昨年度に引き続き、今年度も一般国道374号(美作岡山道路)改築に伴う滝谷川遺跡の発掘調査を行っています。

 現在は昨年度調査区の北側から調査を行っており、弥生時代後期(約1,800~1,900年前)の竪穴住居<たてあなじゅうきょ>を新たに2軒発見しています。うち1軒は円形で直径が約9メートル近くもある大型の住居跡です。この住居内からは炭化した建築部材や焼土が多く見つかり、屋根構造等を考える上で貴重です。

 また住居の中からは完形に近い状態の土器も出土しており、当時の様子を知るための重要な手がかりになります。

滝谷川遺跡で新たに見つかった大型の竪穴住居
新たに見つかった大型の竪穴住居(北から)
※写真中央の黒色円形部分

滝谷川遺跡の竪穴住居内で見つかった弥生時代の高杯
住居内で見つかった弥生時代の高杯

滝谷川遺跡で出土した炭化した建築部材を掘り出している様子
​炭化した建築部材を掘り出している様子